「行く場所」「する事」「会う人」
↑ 1年前に描いたマンガ
私が小学生のときに、突如として『マッドテープ』なるものが、同級生のあいだで広まった。
作者などは今もって不明。
後年、大学生くらいのときに、雑誌「キーボードマガジン」の記事に『マッドテープ』に関する記述を発見した。
当時はネットも当然なく、“一部ウラの世界で広まった” ということでした。
『マッドテープ』知ってる人います?
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「もうできない」と思って、教師を辞めました。
辞めたあと、どうするかを決めないままに。
だから、毎日、なかなかなんとも言えない日々だ。
「行く場所」「する事」「会う人」この3つがない。
この3つって、生きる上でとっても大事だと思う。
それがなくなって辛くなるだろうなって、辞める前からわかってた。
だからいいんだけど。
教師をやりながらだったら、新しく「行く場所」「する事」「会う人」を見つける努力は、きっとしなかった。
そのまま、教師のままだった。
で、そのまま1年経ち、2年経ち・・・・。
もう、教師を辞めるっていうことは、できなくなったと思う。
今までと同じように、毎日不満に思いながら、辞めたいなって思いながら、ずっと続けてたろうな。
専門外の部活に、人生の時間を捧げてたろう。
まるで、自分の時間を安くたたき売るような行為を続けてたろう。
意義を見いだせない進路指導を、続けていたろうな。
自分の本心をは全く違うことを、生徒に言わなきゃいけなかったろうな。
生徒を自立させるのではなく、依存させることを続けていたろうな。
その結果、ぼくみたく、いつか人生に行き詰まるような生徒を作り続けたんじゃないかな。
苦手で意義を見いだせないクラス運営を、続けていただろうな。
その結果、自分を責めたり、自己肯定感を下げ続けたりしたと思う。
ただ人生の時間が、貯金残高に変換されて行くだけの年月。
もちろんそれを「恵まれている環境」と捉える人もいるだろうけど、ぼくには無理だった。
そして、定年になったら、本当に地獄だと思う。
納得のいかない仕事をずっと続け、当然パフォーマンスもあがらないだろうし。
そして定年になったら・・・・。
することもなく、会う人もいなく、何か新しくやる気力なんて、もう残ってないと思う。
それは絶対無理でしょ。
っていうか、スタバのBGMでかすぎ・・・・なんとかして・・・・_:(´ཀ`」 ∠):
ぼくは、新しく「行く場所」「する事」「会う人」を見つける。
今度は、ちゃんといい加減でなく、納得するように。
今まで、本当に、親に学校に社会に、嘘の情報を与えられ続けたと思う。
そんなものに、大切は人生を賭けてしまった。
自分で考えず、任せちゃった。
と思う。
うーん。
この3日くらい、やる気がなくなっっちゃった。
逆に、前がちょっと焦りすぎてたのかな。
ぼくは何ができんのかな。
ちょっとでも「やりたいかも」って思うこと、やってみようか。
ちょっと旅にでも、出てみようかな。
とか、今考えてます。