教師辞めたらどうなる?なんとかなんじゃね。
と、思いました。
ほんとに。
もちろん「なんとかなる」のは、周りの人たちあってのことだけどね。
だから、よほど人との繋がりを保てないような、コミュニケーションマイナスな人間ででもない限り、教師を辞めたところで、仕事を辞めたところで、よほどのことは起きない。
起きえない、と思う。
「人生を変えたい」そう思う人はきっと多い。
それだけ、人生を変えるのは難しいっていうことかもしれない。
で、あるなら。
人生を悪い方に変えていくことだって、難しいんだよ。
多分、教師を辞めただけで、サラリーマンを辞めただけで、人生を壊滅させるのは、相当にむずかしい。
この5ヶ月の間、ほぼほぼ毎日「鳶」として仕事をしていました。
体力仕事なので、体重は落ちたし、う○こもよく出て、なんだかとても健康的だ。
いろんな現場に行ったけど、この仕事はほぼ一年中同じようなことを続ける。
教員であれば、行事や試験などがあって、一年間の「季節の流れ」の中で仕事も変化するけど。
この仕事は「季節の流れ」は無くて、毎日毎日ひたすらやり続ける、っていう感じだ。
土曜日も祝日も仕事なので、本当に「ひたすら」っていう感じがする。
関わる人たちも、教員時代とはまるで違う。
→ 「刺青」が入っていない人の方が少ない
→ なんかしら「前科」がある人が多い
→ おっさん達は「歯がない」ままの人が多い
教員時代には、いなかったよね。
でも皆なんていうか、「ちゃんとしている」と感じる。
普通だ。
ある意味やさしいし。
命懸けの仕事だから、怒る時はマジで怒るし、でも後腐れはない。
逆に教員には「偽善的なよそよそしさ」をもつ人が多かったかも知れない。
(もちろんそうでない人たちもいたが)
生徒に対しても、偽善的で、よそよそしくて、そのくせ押し付けがましくて、いつでも取り繕っている、そんな指導やコミュニケーションしかできない教員も多かったと思う。
(もちろんそうでない人たちもいたよ)
そんな「偽善的な人」は、この仕事にはいない。
だってそんなもの意味ないもん。
50メートル上空にある、幅20cm程度の足場板の上に乗って、4mもある鉄パイプを垂直に持ち上げていく。
そんな時に、偽善もなにもないもんだ。
取り繕うもなにもないもんだ。
余計なものは余計です。
僕には、全く向いていないタイプの仕事ですわ。
修行、経験、勉強、そういうつもりでやっています。
いつまでやるのかな。
収入は半減。
別にお金のためにやっているわけではないから苦ではない。
いつまでやるんだろう。
これからどうしていくんだろう。
この5ヶ月、何度か演劇のオーディションも受けたけど、全敗。
なんでやねん!!
結構、8月の演劇とか頑張ったんだけどなー。
まぁ、また次の機会を探そう。
2021年はもうすぐ終わる。
去年の今頃は、「あぁ、教師辞めたらどうしよう。一体どうなるんだろう」って途方に暮れていた。
まだ生きてます。
余裕です。
養う人もいないからね、でもそんなものは人それぞれで、大体余裕だろ。
【1月〜3月】
教師辞めたらどうなっちゃうんだろうと、途方に暮れていた。
【4月〜6月】
無職突入。やっぱりつらかったな。でも「一人ぼっち」というのがどういうものか知れたと思うよ。
【7月】
演劇できた。楽しかった。
【8月〜12月】
ほぼほぼ毎日「鳶」の仕事。
まとめれば、これだけの一年間だな。
まだまだこれからだと思っています。
人生を変えるのは、簡単なの?難しいの?
知らん。
見た目の変化はそんなにアレだけど。
内面的には変化したと思います。
今までの生き方を後悔したし、自分を全く好きになれなくなったりしたし、この世のことも「大っ嫌いズラ!!」と思ったし。
そんな時はよく泣けたズラ。
ある日、赤ちゃんを抱っこしている女性が、寒くないようにと毛布で赤ちゃんを優しくくるんでいる姿を見かけて・・・・。
泣けたw。
「人はああやって大事に愛されて生まれてくるのに、オイラもあんな風に愛されていただろうに。どうして自分を好きになれないのだろう・・・・」
なんて思って。
泣けたw。
44のおっさんが。
でもね。
自分を好きとか、嫌いとか、そんなことはもういいと。
ありがとうございます。
オイラは十分に大事にしてもらっています。
今までも本当に大事にしてもらいました。
人生は、『期限付きレンタルの肉袋を使ってなにかをしよう』ってことだけ。
肉袋は単なる道具。
道具の優秀さをアピールしあっても仕方ないし、それで焦ったり落ち込んだりしたってしょうがないよね。
道具を人から大事にしてもらえるかどうかも、まあいいことではあるよね。
他人の功績と自分を比較して、落ち込んでも仕方ないし。
歳をとったことも、歳をとっていくことも、受け入れるしかないよね。
道具だもん。
大事なのは何をするか。
たとえ時間がかかっても、やるよ。
僕は、教員を辞めてよかった。
これは本当に本心。
あのまま続けてたら、間違いなく腐ってたと思う。
生徒のためになっているとは思えなかったし。
期限付きのこの道具をちゃんと使うんだ。
教師をやっていたら、そんなふうには思えていなかったと思う。
新しい出会いもありました。
鳶には鳶の人たちがいる。
演劇をした人たちとも交流させてもらっている。
40代50代で「やっぱりやりたいことやろう」と演劇を始めた人たちもゴマンといた。
学校の外にも世界はある。
教員以外にも世界はある。
外に出れば、そこにはそこの世界がある。
そこにはそこの人がいる。
実際にいる。
教師を辞めるとき、生徒宛に書いた何かの文章の中に、『大きく広く考えられる人に一緒になっていきたいです』という一言を書いていた。
まだまだこれから。
もっともっと大きく広くなるんだ。
そう思っています。