教師辞めた ブログ

15年間、教員をしました。このままでは生徒の見本になれない!!『生徒の見本になりたい』そう思ったから辞表を出しました。40過ぎた今から、自分で人生を掴むブログ。イラスト・漫画のお仕事募集してます。メールで相談してください。p-kamiyo@hotmail.co.jp

先日、教員を辞めるということを学校に伝えました。

先日、9月30日に、教員を辞めるということを、学年主任に伝えました。

 

特に、先が決まっているわけでもなく、今まで人生において、大きな環境の変化というものを、経験したことが少ないので、もの凄く、勇気が要りました。

 

しかし、これ以上、教員を続けていても、望む未来があるとは思えない。

 

むしろ、後悔とどん詰まりの人生があるのではないか、と思うようになりました。

 

学校がやっていることも、生徒のためになっているとも思えない。

 

私自身の人生も、納得できるものになるとも絶対に思えない。

 

ただ、なんとなく教員になって、生きるためだけに生きるような日々。

 

それなら、僕として生まれてきた意味は何なのか。

 

納得いかない人生を選んだ自分と、生徒の姿が重なってしまう。

 

やがて彼らも同じように思うのではないか。

 

なら、彼らが彼らとして生まれてきた意味は?

 

 

専門でもない部活顧問も、本当にきつい。

 

専門でないがゆえに、傾けなければいけない労力も多すぎるし、成果は出ない。

 

僕である必要が全くない。

 

むしろ僕でないほうがいい仕事に、これほど労力を傾ける意味は?

 

 

辞めることは先が見えないし、怖いし、嫌だと思う。

 

でも、続けることはそれ以上に嫌だ。

 

きっと、空っぽの人生に対する、とてつもない後悔に押しつぶされると思う。

 

 

 

辞めることを伝えるときには、

 

『奴隷で生きるより、自分で死ね』

 

と言い聞かせていました。

 

どうせ、死ぬのだ。

 

うまくいくとか、どうかとか、そんなことはもういい。

 

自分になるか、どうか。

 

自分として死んでいく。

 

自分の人生を掴む。