我慢なんて、する必要なかったんじゃないの。
先日、スタバで、一人で、43歳なのに、ボロボロと涙をこぼしてしまった。
お酒も飲んでないのに、こんなに涙が出たのは、何年ぶりか。
ジャーナリングをしていました。
ジャーナリングっていうのは、頭にうかんだことを、正直にカッコつけずに、良い悪いを判断せずに、とにかく書き出すっていう作業です。
僕は、いつの頃からか、不安なことがあったり、落ち込んだり、感情が揺れ動くことがあると、このジャーナリングをするのが、習慣になっています。
これをすると、かなりのメリットがあります。
① 問題を客観的に直視することで、解決策を見つけることができる。
② 自分自身の無意識な思い込みに気づくことができる。
大きくこの2つかな。
今回、大きく心が揺れ動いたので、ジャーナリングをスタバでやっていました。
心が揺れた理由は、アンケート結果がひどかったこと。
このアンケートは、「クラス担任について」と「授業について」の大きく2項目。
今回は、どっちも今までで一番、悪かった。
クラス担任については、予想してた。
授業については、予想してなかった。
で、気持ちが揺れる時の対処として、ジャーナリングをしてた。
それで、とにかく今までのこととか、今の気持ちとかどんどん書いたんだ。
で、ひとつ気づいたことがありました。
それは『不得意なことを我慢してやった年月が、誰のためにもなってなかった』っていうこと。
以前から僕はクラス担任が、苦手だったんです。
授業は好きなんだけど、なんていうか、クラスっていうものの存在価値がわからないし。
一時期は、本当にクラスがうまくいかない年数が続いて、薬を飲んでいた時期もあったほど。
クラス担任が不得意なんだよね。
授業ならテーマや目標があるけど、クラスってあるのかな?
毎年、4月5月6月くらいは『今年こそはがんばろう』って思って、一生懸命やるんだけど。
でも、2学期の後半にもなると、如実に息切れしてくる。
生徒とのコミュニケーションも最低限になって、心が離れていくのがわかる。
なんていうか、担任なんて、余計なお世話じゃない?
僕は、そういう感覚なんです。
あれしろこれしろじゃなくて、まずは自分でやってみて、その結果は良いも悪いもちゃんと受け止めれば良いじゃん、それだけじゃん。
そういう感覚なんです。
だから、クラス担任の仕事なんて、大きなお世話としか思えなくて、必要性を感じていないんですね。
だから無理が出てくる。
担任と生徒とのコミュニケーションなんていうのも、なんか嘘くさい。
無理に盛り上げてるだけじゃない?
ちょっと不自然じゃない?
自然体で接してないよね?
そう思っちゃう。
それが僕の自然体なんです。
生徒は好きだとは思う。
でも、余計なお世話をする気になれない。
だから、話したいこともない。
伝えたいこともない。
そもそも教師は生徒に伝えることなんて、ただ社会にとって都合の良いことだけだし。
そんなわけで、僕はクラス担任が苦手でした。
一回だけ、ものすごく良いクラスになったときがあった。
クラスがうまくできなくて、薬飲むほど悩んでて、「もうこんなの嫌だ!!」って、すごい頑張った年があった。
その年は、生徒のメンバーも良かったことも手伝って、本当に思い出深いクラスになった。
でも、あの時の頑張りは、もうできない。
あのとき、本当に色々なことを学んだけど。
もうあの頑張りはできませんでした。
で、教師やって15年のうち、担任を持ってたのは12回。
どんなクラスだったか思い出して、ノートに書いてました。
そしたら、本当に僕、ずっとクラスで悩んでいたなって。
ただ、我慢してたなって。
で、頑張れなくなって。
生徒にだって、いい思いはさせてあげられなかったってことでしょ。
一体、この15年間は何だったのかなぁって、しみじみ思っちゃった。
母からのラインに『○○(学校名)勤務もあと数十日』っていうフレーズを見た瞬間に、ぼろぼろ涙が出てしまった。
ただ悲しくなってしまった。
なぜかわからないけど、この仕事を続けなきゃって思ってた。
なぜかわからないけど、不得意なことも我慢しなきゃって思ってた。
なぜかわからないけど、やりたくないこともしなきゃって思ってた。
なぜかわからないけど、我慢して乗り越えるって思ってた。
いつかできるようになるかもって。
でも、全然できるようになんて、なってなかった。
で、それがもうすぐ終わる。
だって、もうできないもん。
続けられないよ。
もうクラス担任を持たなくても良くなるって思ったら、今までの我慢が「一体何のための我慢だったんだろう」って、すごい思った。
そう思ったら、涙を抑えられなかったなぁ。
今年のクラスはメンバーはすごい良い子たちと思った。
でも、ごめん、本当に頑張れないんです。
だからアンケートに如実にでた。
あと、部活も僕にはきつかった。
同じような理由で。
これも本当に、多くの時間を、我慢して、無駄にした。
生徒にだってよくなかっただろう。
専門でもない競技を、監督なんて性に合わないのに。
本当に本当に本当に、多くの時間を。
本当に抜け出すことなんて考えられなかった15年続いたこの状況。
実際に、抜け出すと決まったら、今までの我慢が、本当に愚かしく、馬鹿みたく思えた。
これを書いているのは、数日経った時なので、気持ちをしっかりとは思い出せないけど、書き残したいと思った。
こんな我慢なんて、する必要なかったんじゃないの。